東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)288号 判決
事実及び理由
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決の認定判断は正当であつて、原告がその取消事由として主張するところは、以下説示するとおり、理由がないものというべきである。
前示本願考案の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一中第1図、第3図及び第4図、同号証の二中第5図、同号証の一〇中第2図及び同号証の一一(本願考案の明細書及び図面)(〔編註〕略。以下別紙図面略)を総合すると、本願考案は、道路下に埋設された各種導管及びその付属機器と地上を結ぶ開閉用扉としての役目を果たす消火栓蓋、制水弁蓋、仕切弁蓋、空気弁蓋、ガス管用蓋、量水器蓋類又は地下付設機器、配線等の保護的役目と開閉役目を果たす鉄蓋及び上下水道等の地下埋設物及び地下構造施設と地上とを通じる開口部を閉塞開閉するための役目を果たす鉄蓋類のうち角型のものの鉄蓋の支持構造に関するものであるところ、地下構造用蓋として従来みられた平受構造のものには、強度不足を補うために重量が大きくなること、がたつきに起因する振動、騒音の発生あるいはがたつきによる蓋と受枠との接触面の偏摩耗などの欠点があり、また、蓋の嵌合面を凹円形状とし、受枠の嵌合面を凸円形状とした構造のものにおいても、受枠からの強度増強作用が小さく蓋の強度増強は不十分であり、振動、騒音の抑制力も低く、蓋のずり上がり現象を生じるなどの欠点があつたので、本願考案は、従来の角型蓋にみられたこれらの欠点を解決すべく、前示本願考案の要旨(明細書の実用新案登録請求の範囲記載に同じ。)のとおりの構成を採用し、これによつて、角型蓋に生じるたわみ量と最大応力を減少させて、それだけ角型蓋を軽量にすることができ、しかも、がたつき、振動、騒音がなく、ずり上がりもない効果を奏する角型鉄蓋構造を実現させ得たものであることを認めることができる。
ところで、成立に争いのない乙第三号証ないし第五号証によれば、角型蓋においても、そのコーナー部に種々のアールを付したものは、本願考案の実用新案登録出願日(昭和五二年五月二五日)前周知のものであつたことが認められ、更に、成立に争いのない乙第二号証によれば、本願考案の属する技術分野の業界紙と認められる「日本下水道新聞」昭和五一年八月三〇日号第一四頁の「強力鉄蓋構造の歩み」(別紙図面(四)参照)には、周辺自由支持の従来型鉄蓋に比べて二・五倍の強さを確保した強力構造鉄蓋の開発経過が示され(図―1ないし図―3)、図―2のようなテーパー構造を採用することにより、蓋の強度を高めることができるものの、テーパーのみによる嵌合は、枠と蓋との軸線を一致させないと、蓋に動荷重がかかると揺動して跳ね出す危険があるので、それを防ぐために蓋を枠に喰い込ませる(すなわち、円錐角を小さくする。)方法をとるが、それでも、軸線不一致のため均斉嵌合とならないこと、そこで、蓋、枠におのおの水平面を設け、両水平面を合致密着させる工夫をし、これによつて、蓋枠の軸線を一致させることができるようになり、図―3に示すような実用期の鉄蓋を得るに至つたことが説明されており、その説明によると、円錐面蓋受構造の鉄蓋についての次のような技術的事項は、既に本願考案の実用新案登録出願前周知であつたものと認められる。すなわち、<1>テーパー構造により均斉に周辺を拘束し、蓋に荷重がかかつたとき、固定支持と同様の機能を発揮し、蓋の強度を高めること(本文第一段第五行ないし第二段第六行)、<2>テーパー構造の円錐角の半角(図―6の説明からして、単に「円錐角」とあるのは誤記)を実用的な範囲内で小さくすることにより、蓋と枠との軸線が一致する限り、蓋の揺動が防げること(本文第五段第一八行ないし第七段第四行の説明)、<3>水平面(すなわち、水平方向の段部)は、蓋と枠との軸線を一致させることを目的としたものであること(本文第七段第一一行ないし第八段末行)。
一方、第一引用例(それが、本願考案の実用新案登録出願前に頒布されたものであることは、原告の明らかに争わないところである。)に、本件審決認定のとおり、「蓋の外周面に内方下向きに傾斜した側壁の上部を外方下向きに傾斜して鋭角の傾斜段部を形成し、外枠の開口部に前記蓋の側壁の形状に対応する傾斜段部を設けて該傾斜段部により蓋の傾斜段部を嵌合支持するようにした角型の蓋装置であつて、蓋及び外枠の各コーナー部にアールを設けた下水溝のマンホール蓋装置」(別紙図面(二)参照)が記載されていることは、原告の認めるところである。この点に関し、原告は、第一引用例に記載された蓋の荷重は傾斜段部のうちの外方下向きの傾斜面によつて受けられ、内方下向きの急傾斜面は蓋が外枠に落ち込む際の補助的なものであり、蓋と受枠との間に本願考案のような咬込み効果が生じないから、本件審決が、本願考案と第一引用例記載のものとの対比判断に当たつて、「第一引用例に記載された傾斜段部のうちの内方下向きの急傾斜面は、一応、本願考案の蓋及び受枠に設けた傾斜面に相当」すると認定判断したことは誤りである旨主張する。しかしながら、成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)によれば、第一引用例記載の「下水溝のマンホール蓋装置」も、「蓋を外枠4に嵌合すると側壁1外側の鋭角の傾斜段部1aが外枠4の傾斜段部4aに合致して適合する。すなわち、蓋Sは鋭角の傾斜段部1a、4aを介して外枠4に落ち込むように嵌合したからよく密嵌するものとなり、人が蓋の上を歩行しても揺動することが全くない。」(第三頁第一〇行ないし第一六行)ものであり、第5図においても、内方下向きの比較的長い蓋の傾斜面が、外枠の対応する傾斜面に緊密に嵌合されていることが明らかであるから、前掲乙第二号証の記述により明らかな本願考案の実用新案登録出願前周知であつた前記の技術的事項に徴してみると、第一引用例に記載された傾斜段部のうち、蓋の揺動を防ぐための傾斜面は内方下向きの傾斜面であり、外方(すなわち、横方向)下向きの傾斜面は、蓋と受枠との内方下向き傾斜面の軸線を一致させる作用を有するものと解することが相当であつて、嵌合支持機構の一部として内方下向きの傾斜面が、補助的なものとはいい得ない。本件審決は、この点の認定判断に当たつて、第一引用例記載の蓋受構造においては、傾斜面の途中に段部が設けられ、内方下向きの急傾斜面が、その傾斜面の一部として構成されている点の違いを相違点<1>の認定判断において正当に認定したうえ、第一引用例に記載された傾斜段部のうちの内方下向きの急傾斜面が、一応、本願考案の蓋及び受枠に設けられた傾斜面に相当する。」と認定したものと解され、前記の相違する点については、相違点<1>の判断において、その点の判断を示しているのであるから、この点に関して一致点として認定したことの誤りをいう原告の主張は失当である。また、原告は、第一引用例に記載されたコーナー部の丸みは、単に製作上の容易性を考慮したものにすぎないから、第一引用例記載の蓋受構造においては、本願考案における「蓋(2)と受枠(1)のコーナー部に前記傾斜角(θ)を保」つ構成は存在しない旨主張するが、前掲甲第三号証によれば、第一引用例の第3図には、原告も認めるように、傾斜段部の内方下向き傾斜面のコーナー部には丸み(すなわち、アール)が付けられており、その外方の側壁部分のコーナー部には丸みが付けられていないことが認められるのであるから、前記内方下向き傾斜面のコーナー部に付けられた丸み(アール)を、単に製作上の容易性を考慮して付けたものとみることはできないし、また、第一引用例記載のものは、第5図(拡大断面図)に、蓋と受枠の嵌合部の断面が示されているように、第一引用例記載の考案の主たる目的であるところの、がたつき防止のためには、鋭角の傾斜段部は、蓋、受枠いずれにとつても共に重要な構成要件であるから、その受枠の平面図を示す第3図において、傾斜段部のコーナー部にアールが付けられている以上、蓋の平面図(上面図)を示す第2図において、その図面の性質上、蓋の裏面の傾斜段部を正確に表し難く、傾斜段部のコーナー部にアールが付けられているかどうかはつきりしていないとしても、第5図に第一引用例記載の考案の要部として蓋と受枠との傾斜段部の断面の関連構成が明示されていることからみて、蓋の前記コーナー部にも、第3図の枠体のコーナー部に合致するアールが付けられているものと認められ、また、蓋のがたつきを防止するという第一引用例記載のものの目的からしても、傾斜段部の傾斜角を直線部とコーナー部とで異ならせることによる格別の利点があることを示唆する記載もない以上、第一引用例に記載された蓋Sの傾斜角は、直線部とコーナー部を通して全周にわたつて同一と推認するのが合理的というべきである。第一引用例は実用新案登録出願の明細書及び図面であるから、そこに添付された各図面は、設計製作用図面とは異なり、その考案の要部の関連構成が理解できれば、その他の部分はそれほど正確さを要求されないものであるから、第3図において、枠体の傾斜段部のコーナーの隣接する丸み部がほぼ同じ曲率をもつた円弧として描かれているからといつて、前示のとおりの第一引用例の考案の目的及び主要な点の構成に徴すれば、原告主張のように、各コーナー部の傾斜角が直線部のそれと異なる構成がとられているものとみることは極めて不自然であるから、この点の原告の主張は、到底首肯することができない。したがつて、本件審決が、第一引用例記載の蓋と受枠の各コーナー部に形成されたアール部分にも前記傾斜段部分が形成されているとみたうえで、「蓋と受枠の各コーナー部に前記傾斜角を保つ」構成を本願考案と第一引用例記載のものとの一致点として認定したことには、何ら誤りはなく、この点の原告の主張は理由がない。更に、第二引用例(それが、本願考案の実用新案登録出願前に頒布された刊行物であることは、原告の明らかに争わないところである。)に、本件審決認定のとおり、「円形の受枠の内周面のほぼ全内面に、下方になるに従い縮径するように急な下り傾斜面を形成し、蓋の外周面のほぼ全面に前記傾斜面と一致するとともに、それより短い急傾斜面を形成したことによつて、閉蓋状態では受枠と蓋の傾斜面が密接して、蓋がずれたり傾くおそれがなく、蓋上に自動車の車輪が載つて部分的に大荷重が加わつたとしても蓋が、旋回して跳ね上がる危険がなく、また、がたつくこともないようにした、マンホール」(別紙図面(三)参照)が記載されていることは、原告の認めるところであり、また、急勾配蓋受構造においては、蓋に重荷重が作用した際には、くさび効果によつて受枠の傾斜面に外向きの力が作用するとともに、蓋の平面が下方にたわむことによりその側面が外方へ張り出そうとするので受枠の傾斜面に外向きの力が作用することは、当業者にとつて力学上の技術的常識に属することであり、前示認定に係る強力構造鉄蓋がテーパー構造を採用することによつて、均斉に周辺を拘束し、蓋に荷重がかかつたとき、固定支持と同様の機能を発揮し、蓋の強度を高める理由も、荷重によつて蓋側面のテーパー面が外方に変形しようとするのに対して、内圧に対する強度の強い円形部材の特性から支障を来すような変形の生じない円形受枠のテーパー面に、前記外向きの力を押し返そうとする反力が生じ、蓋の変形を防ぐことにあることは、既に説示したとおり本願考案の実用新案登録出願前に周知の技術的事項というべきであるから、このようなテーパー構造の鉄蓋の技術的思想を角型蓋に適用した場合に、受枠の傾斜面に作用する外向きの力により受枠の直線部が外方に変形して角型蓋の傾斜面を押し返すべき反力が減少し、変形しないコーナー部に荷重が集中してかかることも、当業者にとつて力学上自明な事柄であると認められる。そして、角型蓋においては、前記のとおりコーナー部への荷重の集中が生じやすいということがあるにしても、蓋のがたつきが問題となることは、丸型と角型とに共通のことであるから、丸型蓋構造においてがたつき防止効果のある急傾斜面による蓋と受枠との嵌合構造を、本願考案のような角型蓋に転用すれば、コーナー部のアールにより荷重の集中が避けられ、本願考案と同様な作用効果を奏するであろうことは、当業者が容易に予測し得ることである。この点について原告は、丸蓋構造の急傾斜面による蓋受構造を角型蓋に転用するには、荷重を均一にしなければならないという技術的課題があるところ、第一引用例及び第二引用例には、これを認識させる記載がないから、第二引用例を第一引用例に結び付ける根拠が希薄である旨主張するが、既に説示したとおり原告が主張する角型蓋における技術的課題は、本願考案の実用新案登録出願前周知の技術的事項や力学上自明な事柄に基づいて当業者にとつて極めて容易に認識し得るところであるから、この点から転用の困難性をいう原告の主張は採用の限りでない。また、本願考案においては、蓋と受枠との傾斜面を5~10度の範囲に限定しているが、前説示のとおり丸型蓋構造として急勾配蓋受構造は、本願考案の実用新案登録出願前周知のことであり(この点は、原告も自認しているところである。)、また、急勾配蓋受構造が、急傾斜面により蓋のがたつきを防止するものである以上、その傾斜角が大きくなるほどその目的を達し難くなるとともに、その傾斜角が小さくなる程くさび効果により蓋を一方から開くことが困難になることは、当業者にとつて技術的常識というべきことである(なお、前掲乙第二号証によれば、乙第二号証に記載されたテーパー構造を採用した「強力構造鉄蓋」について、円錐角は五度なければ蓋を片側から開けることができない。実際には七度以上の円錐角を必要とする、との記載のあることが認められる。)から、傾斜角を本願考案のように規定することは、当業者が経験則に基づいて随意になし得る単なる設計上の数値選定とみざるを得ない。したがつて、本件審決が、相違点<1>について、第二引用例に記載された考案及び当業者の経験則に基づいて、当業者が必要に応じて極めて容易になし得る程度のことと判断したのは正当である。更に、本願考案においては、角蓋のコーナー部のアールを内接円半径(R)の0.07~1倍と限定しているが、本願考案が規定するところは、制水弁蓋、量水器蓋等の小型の蓋の場合のように工作上のアール付程度となる0.07Rから、角蓋というよりも楕円型蓋というべき1Rの範囲にわたる極めて広範なものを含んでおり、この程度の限定は、もはや本来の意味の数値限定とはいい難い。既に認定したとおり角型蓋においても、そのコーナー部に種々のアールを付したものは、本願考案の実用新案登録出願前周知のものであつて、前掲乙第三号証ないし第五号証にみられる角型蓋のコーナー部のアールも本願考案の限定の範囲に属するものであり、本願考案の前記コーナー部のアールの特定は、コーナー部にアールを付けた角蓋のほとんどすべてを含むように単に数値で表現したにすぎないとみざるを得ない。そして、前掲甲第二号証の一、二、一〇及び一一によれば、右の限定に基づく作用効果も、実験に基づいて作成されたとする、「コーナーR―たわみ図」(第4図)及び「コーナーR―発生最大応力線図」(第5図)をみる限り、そのたわみ量及び発生最大応力とも連続性を有するものであつて、そこには、何ら臨界特性を認めることができないから、本願考案における数値の限定をもつて格別の意義があるものとすることはできない。したがつて、本願考案の前記コーナー部のアールの特定には、格別の考案は認められないとした本件審決の判断に誤りはなく、この点の原告の主張も理由がないというべきである。
そうすると、本件審決が、本願考案は第一引用例及び第二引用例に記載された考案及び本願考案の実用新案登録出願前当業者間に周知の技術並びに経験則等に基づいて、当業者が極めて容易に考案をすることができたものと判断したのは、正当であり、何ら違法の点はない。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に認定判断を誤つた違法があることを理由に、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕本願考案の要旨は左のとおりである。
蓋突縁部(3)の外周面に内方に向かつて垂直線に対し5~10度の傾斜角(θ)を以て直線的に傾斜した傾斜面(5)を設けた蓋(2)と、内周面に前記傾斜面(5)と同じ傾斜角(θ)で且ち同傾斜面(5)の長さより長い傾斜面(10)を設けた受枠(1)とからなり、蓋(2)と受枠(1)の各コーナー部に前記傾斜角(θ)を保ち且つ内接円半径(R)の0.07~1倍の範囲内で同一半径のアール(4)を形成し、同アール部(4)を以て嵌合支持することを特徴とする地下構造用角型蓋構造。